現代のビジネスの世界では、人事(HR)マネジメントは単なるサポート機能ではなく、持続可能な企業価値を生み出していくための中心的な役割を担っています。
日本では、終身雇用の考え方や少子高齢化、職場文化などが複雑に関わっているため、人事の効果測定には、より丁寧で戦略的な視点が求められます。
この記事では、日本政府が発表した「人的資本可視化指針(Human Capital Visualization Guidelines)」をもとに、人事の専門家の実際の知見を交えながら、成果につながる人事戦略をどう作るか、そのヒントをご紹介します。
人的資本可視化指針とは
2022年に内閣官房が発表した「人的資本可視化指針」は、企業が「人材」を会社の大切な資産として捉え、その活用や成長の状況をきちんと管理・見える化していくためのガイドラインです。
指針の主なメッセージ:
- 人材は、競争優位性および企業価値を高める上で不可欠な無形資産である。
- HRの有効性は、人材開発とビジネス成果の間にある戦略的なつながりを反映すべきである。
- HRデータは、投資家、経営陣、従業員と共有し、相互理解と長期的な意思決定を支援すべきである。
このガイドラインでは、開示および評価を以下の4つの領域に基づいて構築することが提案されています:
- ガバナンス:経営陣が人的資本をどのように監督・責任を持って対応しているか
- 戦略:HR施策や計画がどのように長期的な事業方針を支えているか
- リスクマネジメント:HR施策がどのようにリスクを軽減し、機会を創出しているか
- 指標と目標:どの指標をなぜ使用しているのか

この構成は、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)など国際的に受け入れられているモデルとも一致しており、投資家やグローバルパートナーにとっても理解しやすい内容となっています。
何を測るべきか:インプット・アウトプット・アウトカム
このガイドラインの基本的な考え方として、人事の有効性を測定する際には、単なるインプット(例:予算)やアウトプット(例:研修時間)を超えて、戦略的なビジネスインパクトを示す「アウトカム」までを含める必要があるとされています。
レベル | 測定対象 | 例 |
---|---|---|
インプット | 人材への投資 | 研修費用、柔軟な働き方の制度など |
アウトプット | 投資の直接的成果 | 研修修了率、昇進者数など |
アウトカム | ビジネスへの影響と整合性 | イノベーション創出、主要人材の定着、エンゲージメントスコアなど |
インプットから結果(アウトカム)までの筋道をはっきりさせることで、『なぜその人事の取り組みが大切なのか』が見えるようになり、本当に意味のあるKPIを選びやすくなります。
人事の有効性を測るための実践的な指標
人事の有効性を、長期的な企業成長を支える視点で測定するには、指標を重要な領域に整理すると効果的です。以下は、人的資本戦略の健全性と影響力を評価するために、多くの先進企業が採用している代表的なカテゴリです。
Employee Development(人材育成)
組織内で社員がどのように成長しているかを理解することは、HRの成果を測る重要な指標です。たとえば:
- 新たなスキルや資格を取得した社員の割合
- 職種や属性ごとの昇進率
- 部門間異動やクロスファンクショナルな配置の頻度
これらの指標は、企業が内部人材をどの程度育成・活用できているかを示します。
Engagement and Well-being(エンゲージメントとウェルビーイング)
業績の高い企業は、仕事への意欲ややりがいを感じている従業員(情緒的コミットメント)が集まり、メンタルヘルスが良好な状態のチームによって支えられています。
たとえば:
- 従業員エンゲージメントやモチベーション調査の結果
- 離職率・定着率(特に自発的離職)
- メンタルヘルス支援やフィットネスなどのウェルビーイング施策の参加率
これらは、従業員の職場での実体験と、HR施策の実効性を可視化する手段です。

Diversity and Inclusion(多様性と包括性)
多様性を追跡することで、革新力や柔軟性につながる、多様な視点を持つチームの構築につながります。
たとえば:
- 管理職における男女比率
- 中途採用者と新卒採用者の比率
- 外国籍社員や非伝統的な経歴を持つ人材の登用状況
これらの数値は、情報開示義務の達成やESG投資への対応にも活用できます。
Work Style and Flexibility(働き方と柔軟性)
現代の組織には、多様な働き方やニーズへの対応力が求められます。
たとえば:
- 平均残業時間
- 年次有給休暇の取得率
- リモートワークまたはハイブリッド勤務の導入率
これらの指標は、HRポリシーがワークライフバランスと生産性をどの程度支援しているかを示します。
ガイドラインを超えて:人事の専門家からのアドバイス
ガイドラインは基本となるしっかりした土台を与えてくれますが、先進的な人事担当者は、それを踏まえた上で、もっと戦略的な視点を持つことで、人事の取り組みをさらにレベルアップさせることができます。

現在の成果だけでなく、将来の対応力を重視
人事の有効性は、社員の現在の成果だけでなく、将来のニーズに対する準備状況も反映すべきです。
たとえば:
- 新しい技術や国際的な業務に関する知識やスキル
- 社内イノベーションやスタートアッププログラムへの参加率
- 挑戦的な職務やプロジェクトへの志願状況
目に見えないものを可視化する:企業文化と行動
企業文化は無形のものでありながら、測定可能な形で現れます。
たとえば:
- 社内コミュニティ、メンタリング、部門横断プロジェクトへの自発的参加
- 同僚同士の表彰や社会貢献活動の記録
- エンゲージメント調査やパルスサーベイからの行動指標
社内異動と成長機会の可視化
昇進だけがキャリアの指標ではありません。
たとえば:
- 社内異動率とその理由の分析
- リスキリングやジョブローテーションの参加率
- 社内人材マーケットやプロジェクト型業務への参加実績
人事指標と経営成果を結びつける
人事データは、その取り組みが会社の成果にどう貢献しているのかを示すものであるべきです。
たとえば:
- エンゲージメントスコアと部門ごとの業績との相関分析
- リーダーシップ育成プログラムの成果と後継者準備状況の比較
- 研修投資額とイノベーション件数の比較分析
導入のステップ:人事担当者のためのプロセス
Step 1: HR指標を経営戦略に結びつける
まずは、企業の目標を明確にし、それを支える人事施策を特定する。
Step 2: インプット・アウトプット・アウトカムを横断して指標を選ぶ
測定しやすさだけでなく、本質的な意義に着目して選定する。
Step 3: 小さく始めて継続的に改善する
既存データを活用し、共有、フィードバック、見直しを繰り返す。
Step 4: 可視化し、明確に伝える
ダッシュボードやスコアカードを活用し、経営層や社員、投資家と共有する。
Step 5: フィードバックループを構築する
結果を定期的に確認し、行動を促せていない指標は見直す。

まとめ
人事の効果を測るというのは、単にチェックリストを埋めることではありません。
それは、「人」がどのように企業の成果を生み出しているのかを、データと戦略でしっかり伝えることです。
日本政府の「人的資本可視化指針」というベースを活かしながら、未来を見据えた視点、行動に結びつける意識、そして経営とつながる考え方を組み合わせることで、人事部の存在感と影響力はもっと高まります。
だからこそ、本当に大事なところから取り組みを始めましょう。
意味のあることを、きちんと測っていきましょう。
そして、その学びを活かして、組織を前に進めていきましょう。
