多くの社員が求めているのは、5年後のキャリアプランではありません。今取り組んでいる仕事が、どこかにつながっているという実感です。
これが、日本の人材育成やリスキリングをめぐる、今の本質的な課題だと考えています。データにもはっきり表れています。リクルートマネジメントソリューションズの「新入社員意識調査2025」では、新入社員が働くうえで大切にしたいことのトップは「成長」(35.1%)で、給与や安定性を上回りました。一方で、「自分が成長できるか」という不安は同年30.1%まで上昇し、不安要素の第4位に浮上しています。成長したいという意欲はある。ただ、その先の道筋が見えていないのです。

このギャップは、放置するとすぐに代償を伴います。エン・ジャパンが2023年に、スカウト転職サービス「AMBI」の利用者(39歳以下)を対象に実施した調査では、73%が明確なキャリアビジョンを持っていると回答しました。そのうち約半数は、今の会社ではそれを実現できないと感じており、それが転職を考えるきっかけにもなっています。さらに、回答者の半数以上が、キャリア面談や異動希望申請、社内公募制度といった、実際にキャリアの実現につながる機会が「ない」と答えています。意欲のある人材が、進む先を用意していない会社にぶつかっている構図が、ここに見えます。
日本の人事の現場では、これを「キャリア自律」と呼び始めています。会社がキャリアを設計してくれるのを待つのではなく、社員自身が自分の成長に責任を持つという考え方です。終身雇用のもとでは、会社が道を決め、社員がそれに従うのが当たり前でした。その前提は、終身雇用そのものがまだ機能している職場でさえ、崩れ始めています。
見えなくなっているだけ
ジョブローテーションや部署をまたぐ経験そのものは、手法として間違っていません。労働政策研究・研修機構(JILPT)の調査によれば、ローテーションを実施している企業は全体の半数を超え、大企業ではさらに高い割合になります。壊れているのはやり方ではなく、伝え方です。昔からそうしてきたように、静かに、説明もなく行われている。その一方で、社員がそれを受け入れられる猶予は、確実に短くなっています。

理由も告げられずに部署を異動させられた社員は、その異動を「混乱」として受け止めます。同じ異動でも、理由と、そこで身につけてほしいスキルが一言添えられているだけで、「投資」として受け止められます。この違いにコストはかかりません。それでも、多くの企業がそれを省いています。
これは、多くの人事部門がすでに別の名前で追いかけている、もっと大きな流れともつながっています。「人的資本経営」です。2023年に日本が開示義務化という形で制度化した枠組みで、企業は人材の育成状況について、単なる人員数ではなく、その中身を開示することが求められるようになりました。キャリア自律と人的資本経営は、同じ話を、違う入り口から見ているに過ぎません。一方は社員の期待、もう一方はその背後にあるコンプライアンスと開示の枠組みです。

本当に効果があること
これは、雇用制度そのものを作り直す話ではありません。今ある仕組みを、見える形にするだけでいい。実際にそれを実践している企業もあります。
東京海上日動の「JOBリクエスト制度」は、社員が自ら希望する職務に応募できる仕組みで、会社に異動を命じられるのを待つ必要がありません。あわせて「役割チャレンジ制度」では、年4回、上司との面談を通じてキャリアビジョンについて話し合う機会が、評価サイクルの中に組み込まれています。どちらも新しい部署を作る必要はありませんでした。既存のプロセスを、見える形にして、社員自身が使えるようにしただけです。
こうした先進企業の取り組みを参考に、ジョブローテーションをアップデートするための具体策を挙げます。
異動の前に、目的となるスキルを名指しする。
経理から人事への異動であれば、その異動で身につけてほしいことを2つか3つ、はっきり伝える。コストのかからない、最も簡単な打ち手であり、同時に「言えばいいだけなのに」という理由で、最も見落とされがちな打ち手でもあります。
待つのではなく、動ける仕組みを用意する。
簡単な社内公募制度や、キャリアについて話す定例の場があるだけで、成長は「与えられるもの」から「自分から関わるもの」に変わります。
フィードバックの周期を短くする。
年1回の評価は、何十年もかけてキャリアが形成された時代のローテーションに合わせて作られています。成長をもっと早く実感してもらう必要があるなら、四半期ごとの短い面談、「この経験から何を学んだか」を確認するだけの場が、大掛かりなプログラムより効果があります。
ローテーションが意味をなさない場所を見極める。
現在、日本の人手不足はIT、士業、技能職といった専門職種で特に深刻です。人材が不足している専門職に、画一的にローテーションを当てはめることは、深く専門性を極めさせてくれる他社へ人材を流出させる、確実な方法です。
最後に
日本で何十年もかけてゼネラリストを育ててきたこの仕組みは、もともと間違っていたわけではありません。ただ、誰も気づかないほど静かになっていただけです。それを再び見える形にすることは、作り直すよりずっと安く済みます。そして、それこそがキャリア自律という発想が、企業に求め続けていることなのです。

