多くの企業は、社員が親の介護をしていることを、その社員が退職を申し出た日に初めて知ります。
たいていは40代後半から50代。管理職であることも多く、そうでなくても、重要な顧客や業務をいちばんよく分かっている人です。何か月ものあいだ、病院への付き添い、介護スタッフからの電話、そしてフルの業務量をやりくりしながら、職場では一言も口にしてこなかった。そして、何の前触れもなく突然退職届が出てきます。
問題
総務省の就業構造基本調査によると、日本では年間約10万人が、家族の介護を理由に仕事を辞めています。働きながら介護をしている人は、さらに数百万人います。経済産業省は、2030年には仕事と介護を両立する人が約300万人に達し、経済損失は約9兆円にのぼると試算しています。その大部分は、辞めずに働き続けながらも苦しんでいる人たちの生産性の低下によるものです。

支援制度は、すでにあります。目を引くのは、それがほとんど使われていないことです。2025年に5,000社以上を対象に行われた調査では、介護離職者が出た企業の半数以上で、その社員は介護休業も介護休暇も使っていませんでした。
法律が新たに求めていること
2025年4月に施行された改正育児・介護休業法で、すべての事業主に新たな義務が加わりました。
40歳時点での情報提供。
介護休業などの両立支援制度、申出先、介護休業給付金について、社員一人ひとりに個別に情報を提供しなければなりません。時期は、40歳に達する年度中、または40歳に達した日の翌日から1年以内です。
介護に直面したと申し出があったときの対応。
利用できる制度をその社員に個別に説明し、利用する意向があるかを確認しなければなりません。
職場環境の整備(1つ以上)。
研修の実施、相談窓口の設置、制度を利用した社員の事例紹介、制度利用を促す方針の周知のいずれかです。
入社初日からの介護休暇。
勤続6か月未満の社員を対象外にすることは、できなくなりました。
また、家族を介護する社員がテレワークを選べるようにする努力義務も設けられました。従来からの制度は変わりません。対象家族1人につき通算93日、最大3回まで分割できる介護休業と、年5日(対象家族が2人以上なら10日)の介護休暇です。
多くの企業は、メール1通とPDFで新しい義務に対応しました。法律上は、おそらくそれで足ります。けれど、人を引き留める効果はほとんどありません。
それでも辞めていく理由
休業の使い方を誤っている。
介護休業は、介護の体制を整えるための制度です。自分で介護をするための制度ではありません。厚生労働省もそう明言しています。それでも、企業に介護の助言をしている専門家は、その逆のケースを日常的に目にしています。社員が何週間も休んで親の世話を自分で引き受け、主たる介護者になってしまう。介護が93日以内に終わることは、まずありません。休業期間が尽きたとき、仕事も失われます。
誰にも言わない。
働きながら介護する人を支援している専門家によると、黙っている一番の理由は後ろめたさです。迷惑をかけたくない、チームに申し訳ない、という気持ち。介護そのものの負担よりも、そちらが大きいといいます。管理職ほど、声を上げない傾向があります。

仕事がその人に依存している。
ほかに誰も分からない業務を一人で抱えていると、自分がいなければすべてが止まると思い込むようになります。助けを求めるより、辞めるほうが責任ある選択に思えてしまうのです。
最初のサインを見逃しやすい。
介護は、転倒や脳卒中、認知症の診断といった突然の出来事から始まることが多いものです。人事の目に最初に入るのは、たいてい「数日休みたい」という申請です。その申請こそ動くべきタイミングなのに、多くの場合、そのまま過ぎていきます。
人事ができること
最初の会話を大事にする
親の入院を理由に休みを申請してきた社員がいたら、介護の始まりとして受け止めます。まず、基本的な流れを説明します。市区町村で要介護認定を申請し、ケアマネジャーを決め、介護サービスを手配する。それぞれの段階を、会社が休暇で支えられることも伝えます。そして、仕事をどうするかはまだ決めなくていい、と伝えてください。
休業の目的を伝える
40歳時点の情報提供、管理職研修、そして最初の会話の中で伝えます。たとえば、こんな説明の仕方があります。1回目の休業は、急な出来事のあとに介護の体制を整えるために使う。2回目は、施設への入居など、介護の状況が変わったときのために取っておく。3回目は予備として残しておく。介護休暇は時間単位で取れるので、ケアマネジャーとの打ち合わせや通院の付き添いに向いています。

社外の相談先を用意する
社員は、人事には言えないことでも、社外の相談相手には話すものです。外部の介護相談サービスの導入を検討し、市区町村が運営する地域包括支援センターの存在も知らせておきます。無料で相談でき、地域のサービスにも詳しい窓口です。
業務の属人化を減らす
どの業務、顧客、プロセスが一人に依存しているかを洗い出し、危機が起きる前に、ほかの人も対応できるようにしておきます。介護に限らず、あらゆる長期不在に役立ちますし、助けを求めずに辞めてしまう大きな理由の一つを取り除くことにもなります。
管理職に備えてもらう
部下から打ち明けられたとき、何を言えばいいかを管理職が知っている必要があります。話を聞き、打ち明けてくれたことに感謝し、人事につなぐ。避けたいのは、「しばらく休んで、親御さんのそばにいてあげて」という優しい一言です。思いやりのある言葉に聞こえますが、退職につながるあの間違いへと、まっすぐ背中を押してしまいます。
社内の事例を共有する
法律が定める4つの措置のうち、行動を変える力が最も大きいのは、社内事例の共有です。休業を使って介護の体制を整え、働き続けている人の話を、匿名で短く紹介する。それだけで、相談しても大丈夫だということが、ほかの社員にも伝わります。
さらに言えば、日々の柔軟な働き方は、どんな制度よりも効果があります。テレワーク、短時間勤務、時間単位の介護休暇。地味ですが、人を仕事につなぎとめているのは、こうした仕組みです。
法令対応と実務のチェックリスト
最初の4項目は法律上の義務です。残りの3項目はその先の取り組みで、実務の差はここで生まれます。
- 40歳に達する年度中、または40歳に達した日の翌日から1年以内に、介護支援について個別に情報を提供しているか
- 社員から介護に直面したと申し出があったとき、個別に制度を説明し、意向を確認する手順が決まっているか
- 職場環境整備の4つの措置のうち、少なくとも1つを実施しているか
- 勤続6か月未満の社員も介護休暇を取得できるか
- 提供する情報の中で、介護休業は自分で介護するためではなく、介護の体制を整えるためのものだと説明しているか
- 部下が介護について話したとき、何を言うべきか、何を言うべきでないかを管理職が知っているか
- 業務上可能な範囲で、介護をしている社員がテレワークや柔軟な勤務を利用できるか
退職届が、人事がそれを知る最初の機会であってはいけません。目指すのは、1年早く知ること。まだ体制を整える時間があるうちに。

